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−−かなり、しんどそうですね…
う〜ん…大変でしたが、自分でやると決めたので懸命にやりましたよ。 でもね日本とはずいぶん違うんですよ!学校に週二日。職場は三日。そして、有給は一ヶ月!一日も八時間くらいしか働かなかったので、余裕はありましたね。でも、始まるのは、午前2時半なんですが…。と言っても、慣れてきますしね。
ドイツではシステムがきっちりとして、売り子さんも販売の職業学校に行かないといけないので、プロフェッショナルなんです、パンも焼いてそれも売ってと言う事はないので、作り終わったら仕事は終わりなんです。だから仕事は午前中に終わってしまいましたしね。なので、時間的には余裕があり過酷と言うことはないのですが、でも、わからない…ということは大きな不安でしたね。言葉がわからないというのは本当にストレスになりました。そんな時にはとにかく走るんです!!
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−−走るんですか?
そう、仕事が早く終わるので、その後に走っていました。エルベ川というところがって山も見えるんですよ。すごく綺麗なんです!その景色を眺めながらひたすら走る。そんな自然の中を走っているとスッとした気持ちになる。流されていく感じですかね。でも、ストレスがたまってくるとそのストレスの具合で走る距離が変わってきたんです。最初は10キロとか走っていたんですが、気が付いたら30キロも走るようになっていました!次第に、そのぐらい走ってやっとストレスとのバランスがとれるという感じなっていたんですね。(※松崎氏は学生時代陸上部でした)
その時なんかは、ノイローゼになって帰った人の話も聞いていたので、そうならないように、とにかく走りまくりました(笑)。 |
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●理想と現実のギャップに悩み
−−実際にドイツのパンは思ったとおりのものでしたか?
向こうに行って良かった面と悪かった面というのはありました。良かった事と言うのは、理論的なことがちゃんと勉強できたこと。だけどその一方では、日本にいた時はドイツに行けば理想のパン屋がたくさんあると思っていったのにも関わらず、実際のほとんどのパン屋の現実は、イースト菌を大量に使い、イーストフードと呼ばれる添加物を使い、パッと焼いてしまう。それで終わってしまう。そんなパン屋が多かったんです。
むしろ日本のパン屋の方が、きちっと発酵させているなと思いました。日本を離れてキチッとした製法で学びたかったはずなのに、現実は違っていた…それは、嫌でしたね。一番初めに働いたドレスデンは、隔離されていた旧東ドイツの時代には、昔ながらの機械を使い、製法を守り、キチッと作っていた。ベルリンの壁が崩れ西の新しいものが入ってくるまでは。その時は本当に美味しかったそうなんです。だから、それを聞いて、(壁が崩れた後にドイツに行った事を)ああっ…なんてことだ!と、ますます悩んでしまいましたね。
でも、何時までも悩んでいても仕様がない。そういう中でも、自分としての解決策を見つけていきました。学校の勉強はもちろんの事でしたが、それと平行して僕は古本屋さんに行ったんですよ。そして昔の本を買うんです。そこに書かれている事は、本当に全然違うんですよ!発酵時間から作り方もちろん、添加物は使っていないし。僕が思う製法そのもの。その古い本で勉強したということは、ボクにとって大きかったですね。そうするうちに見習い期間が終わってから働き始めた、ビオのパン屋を知ったという事も大きな糧となりました。
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●ちゃんとしたものを作りたい!
ドイツには“ちゃんとしたものを作りたい”と思って行ったのです。けれど現実は違っていた。そしれなら自分はどうしらいいのだろう?と考えた時に導かれたのが、ビオのパンだったんです。状況がわかったいうのも大きかったですね。古い本を読んでいてわかったのですが、やはりドイツにとって産業革命の影響は大きかったでようですね。
1800年代後半〜1900年代にかけて、急激に機械が発達し交通の便も良くなる。そうすると人も増え、物の流通が増し、パンの需要も増えてくる。そうすると大量生産で日持ちするものが必要になる。そうすると保存料を入れるようになる。効率よくするためにも発酵時間に時間をかけていられなくなった。そうして品質は悪化していったんですね。それは、ドイツにとっては時代についていくために必要な事であり、当たり前の事だったのかもしれないんです。むしろ、理想を求めてやって来た日本人の方が、そのギャップが大きかったのかもしれません。
そうして、最後に行き着いたのが、独自のバイオダイナミック農法により農営するシュナイターだった。一から臼で小麦を挽いてパンを作り、自然を守るという姿勢です。もちろんそんなこだわりも共感ありましたが、興味をもったのは、ビオの粉は簡単にはいかないという事なのです。
実は、ビックリしたんです。生地の状態がひどかった。絶対にまとまらないと思ったんです。でも、その生地をシェフはキチンを丸められたんです。しかも、とてもきれいにね。それに感銘したんです、面白いなって。現在、自分の店でおこなっている製法は、この古書とシュナイターを、僕なりの解釈と独自の製法でおこなっています。
−−そして、その農場では奥さんも一緒に働くようになっており、ドイツで永住するつもりだったはずなのに、偶然やタイミングが重なり自然の流れの様に日本に帰ってくる事になったそう。そしてこの地、芦屋へ。しかし、実際にオープンしてからも、ギャップには色々悩まされたよう。
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帰ると決まってからは、日本でオーガニックの材料をどう手に入れるかで、国産の原材料がなかなか見つからなかったんです。結局日本では、いいと思う素材が見つからなかった。そしたら、日本で手に入る上質の物はどこかと。そして今は、一番いいと思ったアメリカ産を使用しています。臼もドイツで使っていた物の少し小さな型のものを輸送してきた。一番使い勝手がわかっている。それに、一人で作業するにはこの大きさで十分でしょ。その臼でゆっくり時間をかけて挽くんです。
発酵時間も15時間〜20時間。これは、寝ている間に寝かせるんですが、日本は気候の変化が読めないんです。5月ごろなんていきなり暑くなることがあって、温度が上がるとすっぱくなってしまう。そんな時は売りませんよ。きてくださった方には申し訳ないですが、やはりダメと思ったものは売りたくないんです。日本は、ヨーロッパと違い、不安定な気候や湿度で毎日が未知の世界。まだ一年の周期をこの日本で経験していないので何が起こるかが判らないんです。毎日毎日、結構ひやひやですね。
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−−といいながら、毎日が未知の湿気、温度を知るのを楽しんでいるようですが?
色々なことを知っていくという上ではそうですね。困難だから簡単にすると言う事は、自分にとって論外なんです。そんなことはしたくないんです。ボクは“ちゃんとしたものが作りたいから”。
毎日がパンとの勝負ですが、ボクがちゃんとしたものと思ったパンを皆さんに食べてもらいたいんです。
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−−笑顔を絶やさない松崎さんだが、パンにかける思いは強い。そして、“ちゃんとしたパンを作る”ためには、かたくなにその姿勢を崩さないという強い意志が伝わってきた…
何時来ても、この味のパンがある。そんなパン屋もあってもいいのではないか。そんな気持ちにさせてくれた。
実はこの店のドイツパン、一般的なドイツパンのイメージとは違いスッパクない。お客様からもたまにリクエストはあるそう。しかし今店にはない。松崎氏自身が好きではないから…だそう。全粒粉で白くないパン。カラフルなトッピングも甘いクリームも何もないパン。
だけど、その粉自体の甘みを噛みしめてみるのも、新しい発見と出会えるのかもしれない。 |
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