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●イタリアでの暮らし--食べる苦しみ、食べられない苦しみ

学校を卒業してしばらくは東京のレストランに勤めていたので、イタリアへ渡ったのは22歳ごろだったと思います。でも、感慨を覚える暇もなく、とにかく必死でしたね。持っていったお金も家を借りるのに使ってしまってお金もない、ビザもない、言葉もわからないのないないづくしですから。

しかも、勤めたローマのレストランでは、いきなり戦力にならなくちゃいけなかったんです。ならないならば、「いらない」と言われてしまう。そうなったらもう、言葉ではなく感覚の世界です。事前にメニューで最低限の料理のイメージを作り、あとは、現場でなにをどんな順番で入れ、どんな手法で料理していくのかを、盗み見して勉強しました。

楽しかったか? いや、もう必死だったから、わかりませんでしたよ。半年くらい経って、やっと言葉も少しずつわかるようになってきたある日、突然「今、ローマにいるんだ!」って実感したんです。本当にそれまでは、もう無我夢中でしたから、自分が今どこにいるかなんて、考える余裕もありませんでした。


お金が全然ないこともあってね。野生児のように、そこら辺に生えている雑草(野草)を水で洗って食べたり、公園の水道で空腹を満たしたり。どうしようもなくなったら、教会に行くんですよ。教会では乾パンみたいなものと牛乳をくれるんです。まあ、イタリアは道端に果物もなっているし、死ぬとは思わなかったけど…今思うと強烈な、ものすごい空腹感を味わった事は確かですね。だから、食べる苦しみも、食べたい苦しみも、わかるんですよ。

トランクたった2つが、自分の、財産というほどでもない荷物。それを抱えて、石鹸ひとつどこで買ったらいいかもわからない街で暮らして…歌にでも出てきそうなシチュエーションですね(笑)。荷物と言えば、向こうはステンレスの包丁がメインで、鋼のものを使っている料理人はほとんどいなかったんですよ。でも、僕は鋼のマイ包丁だけは持参していて。彼らにとっては鋼には刀のイメージがある。で、僕もまた、シューっと長い、いかにも切れ味のよさそうな包丁を持っていたんです。だから彼らは「あれは浅井の武器だ」と思ってたみたいですよ(笑)。


−−紹介状こそあったものの、知人もおらず、言葉もわからない世界に飛び込んだ数年間。浅井氏のバイタリティを支えるものは何だったのだろうか。また、師匠と呼ぶような人物はいるのだろうか。


●父の存在

もちろん、尊敬する料理人はたくさんいます。イタリアンに限らず、和食の方などにも。料理学校時代の恩師も尊敬しています。でも…師匠と呼べるのは、父かもしれません。

若い頃は、実はすごく苦手な人だったんですよ。父は、経営者として采配をふるってきた人で、嫌な事を絶対に後回しにしなかったんですよね。臭いものに絶対にふたをしないというか。大事な事を一方的に向こうから伝えるばかりで、しかもそれは2年後、3年後のことばかり。息子としてはそれがきつくてイヤだったし、消化し切れなくて困ったんですが…今になると、大切なことを教えてくれていたという事がよくわかります。魚を与えてくれるのではなく、魚の釣り方を教えてくれる人でした。

今の店でも、親父から学んだこと、というか親父のDNAみたいなものを、スタッフに伝えていければいいな、と思っています。


●I VENTICELLIの、浅井氏のこれからは?

新店舗のお誘いを頂く事もないわけではないんですが、現状ではまだ足並みがそろっていないし、スタッフに対してのレクチャーが充分ではないかな、と思っているんです。オペレーションができてから、と思いますね。なんていって、条件がいいお話があればわかりませんが(笑)。

店については、もっと個々がレベルアップしなくちゃいけないと思います。もっと、自分自身が納得しないと、ね。もっといい感じのお店にしたいんですけど…「いい感じ」ってどんな感じ?っていわれると説明できないんですよね、あいまいな表現なんですが。(笑)わかってよ、みたいなね。

オープンして1年半、僕らも進化してきたとは思いますが、まだまだもっと進化していきたい。やっぱりね、儲けたいなぁと思うより(思わないわけじゃないけど(笑))、長く店を続けるにはどうしたらいいのか、が先行していますね。最終的にトントンになればいいかな、と思っているんですよ。


これからですか? うーん…、あたりまえのことをきっちりやっていけばいいのかな、と。こうしたから、こうなったのかな、というような分析は、自分の中で考えながらやっています。判断するのは僕で、判断が間違っていても僕に帰ってくるわけですけどね。この界隈の人の味の好みがなんとなくわかってきて、それにすりあわせていくことも、またこの地域の地方性というのも考えていきたいと思っています。もちろんそれは、料理スピリットを変えるということではなくて、ニーズはニーズとして受け止めて、ボクの料理の領域を広げていきたい、ということなんですが。

●最後に、Palashio読者へメッセージをいただけませんか?

あたりまえのことを、毎日きっちりやっていっていきますから、飽きずに来て下さい!!


−−お店には、イタリア語で書かれた大きな辞書が置かれている。それが、浅井氏のバイブル、食材図鑑だ。営業中は店内に置かれているので、ぜひ、手に取って見てみて欲しい。手垢のついた、使い込まれたこの辞書を見れば、浅井氏の料理にかける思いがお分りいただけるかもしれない。日々、進化を続ける若いシェフの料理には、今後も期待できそうだ。

I VENTICELLI (イ ヴェンティチェッリ)

西宮市樋之池町24−16 アドール苦楽園1F
 0798-74-0244
苦楽園口駅 徒歩15分