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●イタリアでの暮らし--食べる苦しみ、食べられない苦しみ
学校を卒業してしばらくは東京のレストランに勤めていたので、イタリアへ渡ったのは22歳ごろだったと思います。でも、感慨を覚える暇もなく、とにかく必死でしたね。持っていったお金も家を借りるのに使ってしまってお金もない、ビザもない、言葉もわからないのないないづくしですから。
しかも、勤めたローマのレストランでは、いきなり戦力にならなくちゃいけなかったんです。ならないならば、「いらない」と言われてしまう。そうなったらもう、言葉ではなく感覚の世界です。事前にメニューで最低限の料理のイメージを作り、あとは、現場でなにをどんな順番で入れ、どんな手法で料理していくのかを、盗み見して勉強しました。
楽しかったか? いや、もう必死だったから、わかりませんでしたよ。半年くらい経って、やっと言葉も少しずつわかるようになってきたある日、突然「今、ローマにいるんだ!」って実感したんです。本当にそれまでは、もう無我夢中でしたから、自分が今どこにいるかなんて、考える余裕もありませんでした。
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