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●進化するイタリアン
 −−イタリアン・スピリットを体現するシェフ●



このところ、この界隈に俄然増えてきたのがイタリアンのお店。なかでも、『I VENTICELLI』は、昨年6月のオープン以来人気を呼び、いまや雑誌やテレビなどに毎月登場するほどの話題店に。


シェフの浅井氏は、辻調理師専門学校、同技術研究所を卒業後、上京。イタリアンの名店、青山『サバティーニ』や大阪『カラバッジョ』などを経て、単身イタリアへ渡ったそう。約2年半に渡るイタリアでの修行を終え、苦楽園にオーナーシェフとしてお店をオープンした。
その前にまず『I VENTICELLI』をチェック→





−−浅井シェフが手がける料理には、まだまだ日本では馴染みのないパスタなど、珍しいものが多い。また、繊細な野菜の扱いには定評があり、見たこともないような野菜を、知らずに口に運んで驚く事も少なくない。そしてまた取り合わせの妙が凄い。そんなアイディアは、いったいどこから生まれてくるのか、気になるところだ。

●アイディアの源泉

今、海外の野菜も随分日本に入ってきていますし、食材が出尽くしている感がありますね。でも、そんな素材を探そうとしても、市場では限られています。だから、僕が一番参考にしているのは、実は食材図鑑なんですよ。

食材図鑑なら、例えばある食材の成分やうまみ、生で食べられるのか食べられないのか、縦に切るのか横に切るのかなど、細かい事までわかるんです。そこからインスピレーションを得て、頭の中で食材を組み合わせていくんですよ。そしてそれを、これまで培ったイタリアンの技法や、食べてきたもの、見てきたもののフィルターにかけて、料理として成立するかどうかを判断していくんです。新しいメニューは、大抵そうやって生まれますね。

いつも新しいメニューのことばかり考えているというわけではないんですが、常に“疑問”を持っていることは確かです。例えば、鳥の出汁をとるにしても、基本のレシピにはタマネギと人参を入れると書いてあります。でも、なぜ入れなくちゃいけないのか? 入れなかったらどうなるのか? というような疑問を、常に持つようにしているんです。食材図鑑で、細かい成分などを調べることによって、そうした疑問をひとつずつ解決していくわけですね。

よくメニューが多いと言われるんですが、飽きてきたら変えている程度なんです。実は、定番のメニューでも、そんな勉強の中で、少しずつ進化させていっているんですよ。


−−このお料理はどうやって作っているんですか?などと質問しても、「適当ですよ」と磊落に笑う浅井シェフ。しかしひとたび厨房に入ると、料理と対峙する様子は真剣そのものだ。浅井シェフがそもそも料理人を目指したのは、早くも高校卒業の頃だったという。

●シェフ・浅井の誕生

もともと実家がファッション系の仕事だったんです。実を言うと、最初はデザイナーになりたいと思っていました。でも、母の助言でデザイナーの夢をあきらめ、進路について考えていたとき、衣食住の衣に関わる両親、建築関係で住に関わる兄
がいる−−ならば自分は、食に関係する仕事を、と考えたんです。
※浅井氏は4人兄弟。双子の兄は、芦屋のイタリアン『ラ・フォーリア』のシェフ。

その頃我が家には、外国人の来客が多く、一緒に遊んだり、時には悪さもするようなイタリア人の友人もいました。その友人の家に招かれて、イタリア料理を食べる事もあったんです。それに当時はバブルの絶頂期で、アルマーニのジーンズの山が3分で売り切れる時代。僕もイタリアン・カジュアルがすごく好きでした。とにかく、食も、ファッションも、それから、人間のいい意味でのいい加減さも好きだった。イタリアは僕にとって、とても近い国だったんです。イタリア料理の道に進んだのは、そんな理由だと思います。

というわけで、まずは辻調理師専門学校に進みましたが、卒業する年の次年度から技術研究所という大学院のようなものができることになりました。もし1期生になるんじゃなかったら、行ってなかったかもしれません。でも、1期生ならば、システムも確立していないだろうし、まだ自由があってこちらから色々なことができそうだと思って、親にお金を借りて進学したんです。

「自分は料理を作る事が好きなんだ」ということがわかり始めたのが、この頃だと思います。予想通り、授業などのシステムもその頃はまだ定まっていなくて、明日の授業で使うジビエを、前日の夜7時から下ごしらえさせられたりしてね。「早く帰りたいよ!」って思いながらやってましたけど(笑)。

料理の世界って、やればやるほど評価される世界だと思うんです。年齢も関係なくて、がんばれば上に行ける。下克上が可能な世界なんだろう、と。−−なんて、今だから言えることかもしれません。その当時は夢中というか、ノリというか(笑)で突き進んでいた感じですが。

そして、本当に一生料理の道で生きていくのか、本当に好きなのかを確かめに行ったのが、イタリアですね。